老化する腸内細菌
日本は超高齢社会に突入し,ヒトの健康に大きく関与している腸内フローラが,高齢者や長寿者でどのように変化するのかが注目されています。
老化によって腸内フローラを構成する細菌の種類自体が変わっていくことは、腸内フローラ研究の第一人者である光岡知足氏の研究結果から明らかになりました。
加齢による腸内フローラの変化の中でも、ビフィズス菌など善玉菌と呼ばれる細菌の減少を補おうということで、結果、上記のグラフは乳酸菌飲料などの製品を売るためのエビデンス、いわば「錦の御旗」として活用されるようになりました。 実際の研究でも、健康な100歳以上の高齢者では抗炎症効果のある腸内細菌を持ち、宿主の炎症を抑制している可能性があることや、血中の炎症性サイトカインのレベルが、腸内フローラの老化に連動していることが報告されています。 しかし乳酸菌飲料を飲むことで、健康な高齢者になれるということが証明されているわけではありません。
高齢者の腸内フローラは成人と比較して個人差が大きく、機能性や多様性、安定性が低下することが報告されております。
上記のグラフの通り、老人の腸内フローラを構成する細菌の変化として、Bacteroidetes門に属する細菌が増加する一方で、短鎖脂肪酸(※1)を産生するBifidobacteriumとBacteroides属細菌が減少することが報告されています。
また高齢になるとアミノ酸代謝に関与する代謝遺伝子が増加することが分かってきました。
つまり高齢化が腸内細菌にももたらす変化は、細菌の種類や数だけの問題ではなく、細菌の遺伝子そのものが引き金になっていたことが分かってきたのです。
そこで、英国の研究者であるRampelli(※2)らが高齢者の糞便のメタゲノム解析を行い、加齢により変化する腸内細菌の遺伝子の変化を調べてみたところ、高齢者では若年成人に比べてタンパク質分解に関する遺伝子が多い一方で、 短鎖脂肪酸産生の生成に関連する遺伝子そのものが欠如していることを発見し、そのような遺伝子の変化が病原性桿菌の増加と相関していたことも発見しました(※3)。
近年、短鎖脂肪酸には注目が集まっており、短鎖脂肪酸には腸内を弱酸性の環境にして有害な菌の増殖を抑制したり、大腸の粘膜を刺激して蠕動運動を促進する、ヒトの免疫反応を制御する、など様々な機能があることが知られるようになりました。
つまり、加齢によって腸内細菌の中の短鎖脂肪酸産生を生成する遺伝子が欠如するということは、すなはち老化した腸内細菌はもはや腸内で短鎖脂肪酸などの代謝産物を生成することができなくなっているということになります。
このように、腸内フローラを構成する腸内細菌叢の機能や数の変化は、遺伝子レベルでの変化が引き金になっていることが判明したのです。
実際、腸内細菌の生成する産物は短鎖脂肪酸だけではなく、また短鎖脂肪酸だけが免疫の制御を行っているわけではありません。
例えば当社製品の
ラクトザイム原液を構成する、乳酸菌が生産する代謝産物を網羅的に分析したところ、短鎖脂肪酸を含む約465種類の代謝産物が検出されました。
これらの代謝産物を作り出している腸内細菌は加齢によって、遺伝子レベルでその役割である代謝産物を生成する能力が失われてゆくものと考えられます。
言い換えれば、老人の腸内フローラは加齢に伴い老化していき、その老化した腸内フローラはもはや、若い頃のようなヒトに有益な代謝産物を腸内菌に作らせる、遺伝子そのものが失われてしまっているということが分かったのです。
メチニコフが唱えた、ヒトの老化が腸内細菌から始まるという説が、現代の科学技術をもって遺伝子レベルで証明されたことになります。
※1 短鎖脂肪酸は、ヒトの大腸において、消化されにくい食物繊維やオリゴ糖を腸内細菌が発酵することにより生成され、酢酸・プロピオン酸・酪酸などが代表的です。
短鎖脂肪酸の大部分は大腸粘膜組織から吸収され、上皮細胞の増殖や粘液の分泌、水やミネラルの吸収のためのエネルギー源として利用されます。
また、一部は血流に乗って全身に運ばれ、肝臓や筋肉、腎臓などの組織でエネルギー源や脂肪を合成する材料として利用されます。
※2 Rampelli S, Candela M, Turroni S, Biagi E, Collino S, Franceschi C, et al.: Functional metagenomic profiling of intestinal microbiome in extreme ageing. Aging (Al- bany NY) 2013; 5 (12): 902―912.
※3 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3883706/
In order to elucidate the contribution of the gut metagenome to the complex mosaic of human longevity, we applied shotgun
sequencing to total fecal bacterial DNA in a selection of samples belonging to a well-characterized
human ageing cohort.
The age-related trajectory of the human gut microbiome was characterized by loss of genes for shortchain
fatty acid production and an overall decrease in the saccharolytic potential, while proteolytic functions
were more abundant than in the intestinal metagenome of younger adults.
This altered functional profile was associated with a relevant enrichment in "pathobionts", i.e.
opportunistic pro-inflammatory bacteria generally present in the adult gut ecosystem in low numbers.
Finally, as a signature for long life we identified 116 microbial genes that significantly correlated
with ageing. Collectively, our data emphasize the relationship between intestinal bacteria and human
metabolism, by detailing the modifications in the gut microbiota as a consequence of and/or promoter
of the physiological changes occurring in the human host upon ageing.
(簡約)
人間の腸内フローラの組成に関して、加齢に伴う変化は完全に説明されているが、腸内細菌の機能に関する詳細な説明はまだ空白状態だ。 複雑で異なる腸内菌の遺伝子による人間の寿命への関与を解明するために、よく特徴付けられた老化を対象としたコホート研究に属するサンプルを選び、糞便中の細菌DNA解析にショットガンシーケンス法により実施した。
加齢に伴う人間の腸内細菌がたどる軌跡は、短鎖脂肪酸を産生する遺伝子の喪失と、糖分解能力の全体的な低下が特徴付けられ、一方、タンパク質を分解機能力は若い成人の腸内菌の遺伝子よりも豊富であった。 この機能的なプロファイルの変化は、腸内の病原性菌の変化に関連していた。つまり、一般に、成人の腸の生態系に少数存在する炎症促進性の日和見細菌だ。
最後に、長寿命のサインとして、加齢と有意に相関する116種の微生物の遺伝子を特定した。
まとめると我々のデータは、腸内フローラの経年変化の結果として、および/または老化時に宿主に発生する生理的変化のプロモーターを詳述することにより、腸内細菌と人間の代謝機能の関係を強調している。